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【杉原千畝記念館】リトアニアのカウナスに行ってみた!

リトアニアのカウナスにある杉原千畝記念館に行ってきました.今回は,記念館訪問について書きます.

訪問前に観ておきたいYoutube動画については過去記事を参照ください.

杉原千畝とは

第二次世界大戦中に,リトアニア大使館に領事代理として赴任していた日本の外交官です.

ナチスドイツの迫害によりポーランド等のヨーロッパ各地からリトアニアに逃れてきた人に対して,当時の外務省の命に背き,大量のビザを発行したことで6000人の命を救ったことで知られています.

ドラマ化もされて,ちょっと話題にもなりました.東洋のシンドラーとも言われています.

記念館

旧リトアニア日本領事館が記念館となっています.実際に,杉原千畝はここで領事代理の仕事をして,領事館の二階部分で家族と共に生活していました.建物は改修等はされているものの,当時のままです.

杉原千畝記念館情報
  • 会館時間:5月-10月 月-金:10:00~17:00, 土日:11:00~16:00,11月-4月 月-金:11:00~15:00, 土日:休館
  • 入場料金:成人3€, 学生1.5€

 

アクセス

場所は聖ミカエル教会から1kmほど離れた場所にあります.アクセス方法としては,基本的に徒歩かタクシーになるかと思います.記念館は住宅街にあるため近くにバス停等はありません.

こちらが記念館前の通りです.閑静な住宅街といった様子です.

 

外観

こちらが記念館です.現在,足場が組まれています.2階部分(杉原家居住スペース)の展示公開のため改修中とのことです.オープンは未定とのこと.

 

当時の写真と比べてみると,建物がほぼ当時のままなのがわかります.

△ 杉原千畝とその家族(日本領事館前)

△ 現在の旧領事館前

 

1940年7月18日の早朝,この門にユダヤ難民がビザを求めて殺到しました.

「忘れもしない1940年7月18日の早朝の事であった」と回想する千畝は、その手記のなかで、あの運命の日の光景をこう描いている。「6時少し前。表通りに面した領事公邸の寝室の窓際が、突然人だかりの喧しい話し声で騒がしくなり、意味の分からぬわめき声は人だかりの人数が増えるためか、次第に高く激しくなってゆく。で、私は急ぎカーテンの端の隙間から外をうかがうに、なんと、これはヨレヨレの服装をした老若男女で、いろいろの人相の人々が、ザッと100人も公邸の鉄柵に寄り掛かって、こちらに向かって何かを訴えている光景が眼に映った」

Wikipediaより引用

 

受付

上記写真の正面は入り口ではなくて,横から入ります.

 

入り口を入ると,命のビザの展示があります.

 

こちらが受付です.色々販売しています.

受付の人は日本語が堪能でした.記念館の職員は基本的に日本語ができるそうです.受付(料金:3ユーロ)を終えるとチケットとパンフレット等がもらえます.

 

展示

展示スペースは大きく3部屋ありました.最初に杉原千畝に関する15分程度のビデオを鑑賞します.当時の時代背景,ビザ発行のこと,生い立ち等が良く纏められていたと思います.客は私一人でした.

 

こちらの机は杉原千畝が実際に使っていたものではないそうですが,その時代の机だそうです.

机の上には,当時のビザと発行記録のコピーが展示されていました.

 

杉原千畝とその家族の写真等の展示です.

 

当時の時代背景や,杉原千畝が当時の外務省への電信のコピー等が展示されていました.

 

杉原にキュラソービザ(入国ビザを必要としない中南米のオランダ領キュラソーを最終目的地とするビザ)の発行を助言したオランダ領事のヤン・ズヴァルテンディクに関する展示等.

番外

映画「杉原千畝 スギハラチウネ」において,千畝を演じた唐沢寿明と,その妻を演じた小雪の写真がありました.彼らもここを訪れていたんですね.

記念館の裏庭,りんごの木がありました.

 

最後に

予備知識を持ってから,訪れると良いかと思います.特に,DVDや本を購入しなくても,Youtubeですぐに杉原千畝についての動画を観ることができます(過去記事を参照されたい).

 

私は本を読んでから行ったのですが,近くの道を通るだけで,この道をかつては千畝とその家族が歩いたんだろうなと感慨深かったです.

最後に,杉原千畝の言葉を送ります.

「彼らは人間で,助けが必要だった.喜ばしいことは,自分の中にその助けを与える決定をする力を見出したことである.」杉原千畝

▽ 杉原千畝の奥様と長男が書いた本です.Kindleないのか.

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